更新日:2011年1月5日

ここから本文です。

県庁の歴史(けんちょうのれきし)

江戸時代(えどじだい)には、県(けん)ではなくて、たくさんの藩(はん)というしくみがあったけど、明治時代(めいじじだい)になって、廃藩置県(はいはんちけん)で10の県(けん)ができたんだ。
そのあと、明治4年(めいじ4ねん)に栃木県(とちぎけん)と宇都宮県(うつのみやけん)の2つになって、そして明治6年(めいじ6ねん)には、その2つがいっしょになっていまの栃木県(とちぎけん)の形(かたち)になったんだ。

写真1(しゃしん1)は、その時(とき)に建(た)てられた最初(さいしょ)の県庁(けんちょう)で、栃木町(とちぎまち)【いまの栃木市(とちぎし)】にあったんだよ。

写真1(しゃしん1)
明治6年(めいじ6ねん)の栃木県庁(とちぎけんちょう)【栃木市片岡写真館提供】

その後(ご)、明治17年(めいじ17ねん)に県庁(けんちょう)は、宇都宮町(うつのみやまち)【いまの宇都宮市(うつのみやし)】に移(うつ)されたんだ。写真2(しゃしん2)は、そのときの県庁(けんちょう)だよ。

写真2(しゃしん2)
明治17年(めいじ17ねん)の栃木県庁(とちぎけんちょう)

県庁(けんちょう)は、それから2回(かい)の火事(かじ)で焼(や)けてしまって、明治23年(めいじ23ねん)と昭和13年(しょうわ13ねん)に建(た)てかえられているんだ。写真3(しゃしん3)と写真4(しゃしん4)は、その時(とき)に建(た)てかえられた県庁(けんちょう)だよ。

写真3(しゃしん3)
明治23年(めいじ23ねん)の栃木県庁(とちぎけんちょう)

写真4(しゃしん4)
昭和13年(しょうわ13ねん)の栃木県庁(とちぎけんちょう)

写真4(しゃしん4)の県庁(けんちょう)は、一部分(いちぶぶん)が昭和館(しょうわかん)という名前(なまえ)で保存(ほぞん)されていて見学(けんがく)できるんだ。

そして写真5(しゃしん5)がいまの県庁(けんちょう)だよ。平成19年12月(へいせい19ねん12がつ)に完成(かんせい)して、平成20年1月(へいせい20ねん1がつ)から仕事(しごと)を始(はじ)めたよ。1階(1かい)には栃木県(とちぎけん)をもっと知(し)ることができる展示(てんじ)コーナー、15階(15かい)には展望(てんぼう)ロビーがあるよ。見学(けんがく)にきてね。

写真5(しゃしん5)
現在(げんざい)の栃木県庁(とちぎけんちょう)

言葉の説明(ことばのせつめい)

廃藩置県(はいはんちけん)とは

明治時代(めいじじだい)になると、それまでの藩(はん)をなくして県(けん)になったんだ。県(けん)がいくつか集(あつ)まって、いまのような県(けん)になったんだよ。