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益子町
益子における焼物の歴史は古く、奈良時代までさかのぼる。今日の益子焼は1853年(嘉永6年)、大塚啓三郎によって始められ、かめ・すりばち・どびん等、主に日用雑貨が焼かれていた。
その後、1924年(大正13年)に濱田庄司がこの地に入り、民芸が持つ工芸本来の「用の美」を見直す「民芸運動」を実践して、益子焼が民器であるとともに芸術品として全国に知られるようになった。
益子焼は一般に厚手で、素朴で力強い美しさが特徴である。現在、300余りの窯で、著名作家や若手が創作活動を続けている。
移築された「旧浜田邸」をはじめ、濱田庄司が生前愛用していた「登り窯」も復元されている『陶芸メッセ・益子』、濱田庄司 が生前住居兼作陶場としていた敷地内に、彼自身が世界中から収集した陶磁器、家具木工、染織品等が展示されている『益子参考館』などがある。
また、春と秋には、数十万点の益子焼が並べられる『陶器市』が開かれ、県内外から数十万人が掘り出し物を求めて訪れる。