栃木県水環境保全計画

第3章 栃木県が目指す水環境

 

第1節 基 本 理 念

 

水環境を考える基本的な視点

(1)水循環の視点

 水は、雨となって地上に降り注ぎ、土壌に保水されつつ地下水として徐々に流下し、地表に湧き出した後に川を下り、海に注いで、蒸発して再び雨となるという自然の水循環を形成している。一方、人々の生活の利便性や安全性の向上、産業経済活動の拡大のため、生活用水や工業・農業用水を確保し、河川の洪水を治め、田畑をかんがいする水路を築く等、人為的な水循環が形成されている。水循環という概念は、このように自然及び人為的な水の動き全体を「流れ」としての面から着目したものである。
 私たちは、この水循環が、自然の営みや人間の活動に必要な水量の確保のみならず、土壌や流水による水質の浄化、多様な生態系の維持といった水環境を良好に保つための基盤となっているということを理解した上で、水環境の保全に取り組んでいく必要がある。

(2)水環境を総合的にとらえる視点

 水環境は、人や生物に普遍的な恩恵を与えるとともに、それぞれの地域で固有の価値を有し、固有の役割を担っている。また、人の暮らしや産業を支える基盤であるとともに、人にやすらぎを与えたり地域の文化の核となるなどの多面性を有している。このため、水環境を考えるに当たっては、水質、水量等といった構成要素を個々に独立してとらえるのではなく、全体として総合的にとらえることが重要である。
 一方、従前の水環境に関わる環境行政は、水質の保全が中心であったといえる。しかし、今日の水環境を取り巻く状況の変化に的確に対応するため、平成9年に河川法が改正され、河川管理の目的に治水と利水に加え、河川環境(水質、景観、生態系等)の整備と保全が追加された。また、平成11年に食料・農業・農村基本法が、平成13年に森林・林業基本法が制定され、農地や森林の持つ水源のかん養や自然環境の保全等、多面的機能の発揮が強く打ち出された。平成14年には、土地改良法の改正により、土地改良事業と環境との調和が規定された。このほか、自然再生推進法(平成15年)では、地域の多様な主体の参加により、河川、里山、森林等の自然環境を保全、再生、創出、又は維持管理することを目指しており、これらの事業や保全活動等の実施に当たっては、河川や森林、農地等の果たしている機能等についても総合的にとらえ、水環境の保全に取り組んでいくことが重要である。

(3)流域を基本単位とする視点

 環境の保全に果たす水の機能と利水や排水等の人の営みが、共に調和がとれたものとなるよう、上流から下流への面的な広がり、表流水と地下水を結ぶ立体的なつながりを考慮し、流域全体を総合的にとらえるという視点が重要である。
 本県の上流域には人工のダムに加えて、「緑のダム」と呼ばれ、水源のかん養に重要な役割を果たしている豊かな森林があり、鬼怒沼を水源とする鬼怒川をはじめ、大小の河川や水路等の清らかな流れは、森林や肥沃な農地を潤している。特に、県民の原風景として親しまれている平地林や水田は、生物の生育・生息場所や地下水のかん養等の重要な役割を果たしている。また、下流には首都圏が広がり、本県をはじめ利根川流域等の水源として安定的に水を供給しているほか、災害からの安全性も確保している。
 私たち栃木県民は、水源県に暮らしているということを日々の生活の中で意識しながら、下流域にきれいな水を送るなどの責任を果たす必要がある。そして、水源県は、治水、利水、水源かん養等に重要な役割を果たしていることから、利益を享受する下流域の自治体等と一体となって流域全体の水環境の保全に取り組んでいく必要がある。

 

水環境保全の理念

(1)健全な水循環を確保する

 20世紀の科学技術の発達、戦後の著しい経済発展と都市化の進展は私たちに便利で快適な生活をもたらしたが、水循環に対しては急激に多大な負荷を与えてきた。都市の拡大や農業の効率化等は、水が土にしみこむことを阻害し、保水や水源のかん養能力を低下させてきた。また、治水においては、洪水の危険性は格段に改善されたものの、川という狭い空間の中で雨水をできるだけ早く排除することが重視され、水循環の視点からの検討が欠けてきたことは否めない。
 健全な水循環とは、生活や生産に必要な水の利用、水質の浄化、生物の生育・生息、気候の緩和等、自然の水循環がもたらす恩恵が基本的に損なわれていない状態をいい、この状態を将来にわたって永続的なものとしていくことが重要である。

(2)水環境への負荷を減らす

 私たちの生活は水を汚し、それは自然の水の浄化能力を大幅に超えてきた。今後は、従来から行われてきた工場、事業場等の排水水質規制に加え、県民一人ひとりがライフスタイルを見直し、事業者の自主的、積極的な取組を促進するとともに、より一層の生活排水対策を進めることにより、水環境への汚濁物質負荷量を低減していく必要がある。また、環境中に広く存在すると認められる化学物質についても注意を払う必要がある。
 一方、水は限りある貴重な資源であり、水利用の安定性の向上を図るため、節水対策や循環利用、雨水・地下水のかん養などを総合的に進め、「節水型社会」を目指す必要がある。

(3)生物多様性*1に配慮する

 本県は、地形・標高の多様性や気候の変化域に当たるなどの特性から多くの種類の野生生物に恵まれている。とりわけ、水や水辺の環境は、生物の生育・生息基盤として大変重要な役割を果たしている。しかしながら、これまでの治水や農業基盤整備等を通じた人為的な水循環系の形成の中で、生物への配慮を欠いてきた結果、河川や湖沼、水辺の生態系は大きく影響を受けてきた。
 このため、土地利用や社会基盤等の整備に当たっては、生物の生育・生息環境としての水や水辺の機能の保全、回復に配慮していく必要がある。

(4)パートナーシップを築く

 水環境の保全は、県民一人ひとりがそれぞれの役割に応じた取組を進めることが大変重要である。また、関係者の考え方や利害は必ずしも一致しているとは限らない。
 このため、県民、事業者、民間団体及び行政等の関係者が、お互いの理解を深めながら、今日の水環境に関する課題と将来の目標に対して共通認識を持ち、相互に協力して取り組んでいくことができるようパートナーシップを構築していくことが重要である。

*1 「生物多様性条約」では、すべての生物の間の変異性をいうものとし、種内の多様性、種間の多様性及び生態系の多様性を含むと定義している。ひとつの種であっても、生育・生息する地域によって、また個体間で形態や遺伝的形質に違いがある。そして大型の哺乳類から微生物まで様々な環境に適応して多様な生物種が生育・生息しており、多様な種と大気・水・土壌等とが相互に関係しながら一体となって、森林、湖沼、干潟など様々な生態系を形成している。こうした遺伝子レベル、種レベル、生態系レベルの生物の多様な有様を総称して生物多様性と呼んでいる。

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