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更新日:2023年1月4日

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とちぎのいまむかし

栃木県の人口推移

栃木県が誕生した明治6(1873)年に436,921 人であった本県の人口は、明治44(1911)年には 100 万人(1,007,468 人)に到達し、第1 回国勢調査が実施された大正9(1920)年には1,046,479 人、昭和15(1940)年には1,206,657 人と増加しました。

第二次世界大戦中には本県への一時疎開などにより人口が急増し、終戦を迎えた昭和20(1945)年までの5 年間の人口増加率(28.2%)は全国一の高さとなりました(*沖縄県を除く)。その後も復員や引き揚げ、第一次ベビーブーム(昭和22(1947)年~24(1949)年)などで増加したが、昭和25(1950)年から約10 年間は京浜工業地帯などへ労働人口が流出し、減少に転じました。

昭和30 年代後半からは、県内の工業化や都市化の進展に伴い極端な人口流出はみられなくなり、昭和40(1965)年には1,521,656 人となりました。昭和41(1966)年は「丙午(ひのえうま)」の伝承による出生減の影響を受けて人口が減少しましたが、昭和42(1967)年に再び増加に転じてからは、人口は増加し続け、平成9(1997)年9 月3日、本県人口は200 万人(2,000,078 人)に到達しました。

しかし、全国的な少子高齢化傾向の中、平成17(2005)年12 月1 日現在の2,017,664 人をピークに減少傾向となり、現在に至っています。

 

人口グラフ

(出典)

1873年~1913年:内閣統計局 推計人口

1920年~2020年:総務省 国勢調査

※昭和20年は、国勢調査未実施のため、11月1日現在で国が実施した人口調査の結果

栃木県の産業

 栃木県は、首都圏に位置する地理的優位性、勤勉な県民性といった発展的な要素を基礎として、バランスのとれた産業活動を展開しています。特に、商工業においては、内陸型としては国内最大級の規模を誇る清原工業団地などに高付加価値型産業が集積しており、大手企業や技術力の高い中小企業が数多くあります。

 

産業グラフ

(出典)

経済産業省 工業統計調査